【使いやすさの追求】道具を生み出す力。

昨日は新年初撮影でした!
今担当してるドキュメンタリーの撮影。
音楽系だったので楽しいお仕事でした。業界トークおいしい。

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イルミネーションが綺麗だったな。

そういえばエンジニアさんと休憩中に、
NHKの「みんなのうた」の話で盛り上がりました。
なにげに名曲が多いし、映像も独特な表現が多くて面白い。

みてたのはこれ。
演奏とアレンジャーはなにげに坂本龍一教授。

私が好きなのはこれ。名曲です。


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今日は道具を生み出す力についてお話します。

私が映像とかデザインを担当するときって、
自分の表現欲求をどうしたいとか、
そういう考えはしてないんですよね。

自分が芸術をやっているっていう自覚がないので、
表現自体にあんまり執着しません。
欲求不満になることもないです。

広告系のお仕事の場合、
プロデューサーの方に訴求点のズレを指摘されたら、
自分のやりたいことのために相手を説得しようとかまったく思わない。

話し合いをするのは、非言語の共有をするときだけ。

「クリエイターなのに、それでいいの?」

とかたまに聞かれるんですが、
クリエイターだからこそそうしなきゃいけないと思っています。

以前にも話しましたが、

芸術家っていうのは、
科学者と同じで、

「これが将来何の役に立つかはわからないけど、
 こういうことは誰もやってないからやる」

「50年とか100年単位の時間の洗礼を受けて評価されるものをつくる」

っていう姿勢を指すと思っています。
だからどっかの政治家みたいに、

「それが何の役に立つの?」

って聞かれたら、
「しらんがな」っていうのが正しい姿勢。
(もちろんそういうアートな試みはもっと日本で優遇されるべきだと思っています)

ですが、
クリエイターっていうのは道具を生み出す職業であり、

「アートが生みだした発明を、具体的な道具に加工する技術」
「ゼロからイチになった感性のかけらを、道具を介して社会のなかにねじ込む」

仕事です。

そういうときに意識しているのは、

「この道具は、果たしてだれかの役に立つものなのか?」

っていう、アートとは正反対の考え方が必要とされます。
そこでアートに固執しているといいものって作れない。

だからここらへんの態度とか姿勢って、
最初に理解した上でこういう仕事をしたほうがいい。

私の場合は、
とにかく自分が作ったものがひとに何らかの影響(それは多くの場合経済に関係するもの)を与える
っていうことに喜びを感じる体質です。

つくったものそれ自体に喜びを見出すというよりは、
ひとに何かを与えて楽しいって感じ。

そういうひとはクリエイターに向いてると思う。
ツールが映像になっても文章になっても音楽になっても芝居になっても、
楽しめるからね。

もちろん場合によってはアーティスティックなものを要求されるときだってある。
そういうときはそういうときで楽しむのだけれど、
 
「役に立つ、使いやすい道具を生み出すにはどうしたらいいか?」

っていうのはどっかに置いておくと仕事をする上では有利だと思います。

新年はじまりました。
1日1日を噛み締めて生きていきましょう。

Carpe Diem(その日を摘め!)

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