何かをつくったことがある、

あるいは、
これから何かをつくることで生活をしたいという人、

あるいは、
そうでなくても技術を向上させたいと思う人、

あるいは、
クリエイター系じゃなくても何か生産的なお仕事をする人、
が最初に意識してやらなければいけないことは、
 
「意味もわからず、ただこだわる」

ということです。
この言葉を盲信することです。

私は圧倒的にこれが正しいと感覚的にも体験的にも思いますが、
そうはいっても最初にこれを言われたときはピンときませんでした。

いや、正確には学生時代に舞台を制作していた際、
私は結構細かいところを詰めるとか、
深い意味を持たせてモノをつくるのが好きなほうだったのですが、
当時の仲間に、

「それをやる意味ってあるの?」
「誰もそんなところ見てないよね?」
「それはあなたの自己満足でしょ?」

に対してしっかりと理屈で答えることができませんでした。

映像を仕事にしたときは、
バカなのでスピードだけが命!(もちろんスピードも大事です)
とかいって、細かいところをないがしろにしてよく怒られました。

今回は時を経て、やっぱりこだわったほうが正しいよね、
という結論が出たので、「理屈」で、
なぜこだわったほうがいいのかを説明します。

こだわるってどういうこと?

まず、
どういうレベルでこだわなければいけないかというと、
例えば、

作家さんの場合はここで改行を入れるかどうか。
ひらがなにするか、カタカナにするか、漢字にするか。

私は映像屋なので映像の場合は、
例えそれが本編で使われないとしても、撮る、とか。
どのフォントがガッチリとハマるか入念に検討する、とか。
CG系の場合は1フレーム単位(だいたい1/30秒です)で管理する、とか。
音に関して徹底的に整音するとか。

デザイナーさんの場合は、
100パターンほど用意して吟味する、とか。
あらゆる論理的計算の上で形を決定する、とか。

つまり、
「ユーザーが気づかないレベルでこだわる」ということです。

むしろ、
気づかなくていいんです。

いえ、
気づかれないほうがいいんです。

どうしてこだわるの?

基本的にはユーザーの方は素人です。

ですので、
私が音にこだわろうがフォントにこだわろうが、
間にこだわろうが、細ければ細かいほどやってもやらなくても反応は同じです。
繰り返しますが、どれだけこだわっても反応は同じです。

数字で例えても、変わらないでしょう。

ある点を超えるまでは。

人間は基本的に超手抜きが大好きなので、
始めの一発目を妥協すると、
次の作業も必ず妥協します。
そして、それがエンドレスに続いていきます。
結果として、ユーザーの反応が落ちます。

これは根性とかそういう問題ではなくて、
そういう生き物なので仕方がありません。
そうなったときにはもう、
なにが悪かったのかわかんなくなっちゃうんです。

最初の一発目に戻れなくなっちゃうんです。

ある一定の作業において、
一旦妥協したやり方を覚えて、
そこからもう一度こだわるのは至難の業です。
少なくとも私にはできません。

ユーザーからは目に見えないところで妥協をすると、
いつか必ず目に見えるところで妥協が浮き彫りになります。

だからこだわらなくてはいけないんです。
だから黒澤明監督は画面に映らないところまで徹底して空間を創った。
それは、私の解釈では、
リアリティの追求というよりは、作り手としての意識の話だったんだろうと思います。

私も、昔の作品について、
どれだけこだわったと思っていても、
今見ると穴だらけです。本当に嫌な気持ちになります。
どうしてもっとこだわらなかったんだろう。

多分、どれだけこだわっていても結果(効果や金銭的なもの)は一緒なんですが、
逆にいえば、こだわらないとどこかで必ず破綻します。

もちろん私もそういう経験をしています。
ぜひ、「そんなとこ誰も見ないよ!」っていう部分からこだわってみてください。

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