【究極の演出術】いま、時代が求めている演出について。

京都に向かう新幹線のなかで書いています。
バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡) をやっとみた。
おしっこもれそうになるくらい衝撃をうけました。 

知らないひとのために一応いうと、
全編長回し一本取り(風)で構成された恐ろしい映画です。
厳密にいうとカット割は存在しているのですが、マジでつなぎ目がわかりません。
MVではあるけど、映画では前例がない。
 
もちろん公開されてからは各賞を総なめ。
 
エドワードノートンの演技も相変わらずすばらしいが、
マイケル・キートンの芝居、それから音楽、劇場という空間の演出、
なによりカット割という概念を破壊したアイデアに脱帽した。
 
見てない人はぜひ見てください。映画についての見方はまた別のときにやるよ。
 
で本題はなにかっていうと、
 
「究極の演出術」

について。
我々映像業界ではしばしばフィクションの制作を求められる。
それ以外でも、「ディレクション」ということばはすでに一人歩きをしているような気がする。
 
なにが演出で、なにがやらせなのか。
なにが本質で、なにがフェイクなのか。

 
さいきんのユーザーはこういうところに本当に敏感で、
やり方を間違えると一気に炎上する。

その一方で、 
ディレクションに携わる業務はどんどん増えている。
そんななかで私が考える、最強にして究極の演出術を今日はお伝えします。
 

究極の演出術、それは。。。

 
演出をしないこと。

もしくは、

演出が一切入っていないことを証明すること。

これ、最強。
反論の余地がありません。

 
なんだか禅問答みたいですが、本当に素晴らしいものを素晴らしいまま伝えるにはこれ。
そのやり方は、
 
・ライブ
・長回しでカット割をしない
・舞台公演
・中継映像
・台本なしのアドリブ
・即興劇

こういうのって熱量がそのまま伝わるだけじゃなくて、
絶対に嘘がない(厳密にはみんながそう思い込んでいる)部分なので、
ものすごい説得力があるんですね。

バードマンをみて、

「なにがいいんだか。長回ししただけじゃん」

ってひとは演出家としてド三流。
 
もちろんこの監督はそういうところを意識して制作しています。
そうに決まってるじゃん。

今回は映像分野における例でしたが、
ぼくはもっと他の分野にもいくらでも応用できると思っています。
 

いかにリアルであるかを見せつける

企画する側にとってもこの考え方は超重要。

もうさ、自分たちにとって都合のいいところだけを押していくやり方はやめようよ。
みんなそんなのすぐ見抜いちゃうよ。
 
本当にいいものを、
ダイレクトに心にぶちこむ。
小細工は無用。

KEEP IT REAL!!!

これが最強のマーケティングだとぼくは思うな。
きっと今後の流れはこうやって生み出されるよ。

約束してもいい。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA