高校生の頃に、
ローリングストーンズのpaint it blackを初めてききました。
確かやっていた英語の参考書に出てきた気がする。

若いかたで知らない人はどうぞ。

歌詞はものすごい厨二病なんですが、

「大人がそんなこと言っちゃっていいの?!笑」

と強く感じたのを覚えています。

それからしばらくして、
映像や、商売、人生について学習しているうちに、

「映像は光と影の芸術」
「闇がないところには光がない」
「闇をみつめろ!」

という言葉と出会いました。

最初はピンとこなかったんですね。
言っている意味はわかるんだけど、
どうも腹に落ちなかった。

今になってようやく、「そういうことなのかな」
って思うことがあり、
それは技術的にも姿勢としても多分、
大切なことだと実感したので書きます。

1.真っ暗でも、真っ白でも、「見えない」

映像はもともと写真からきているので、
写真をやられているかたはすんなりわかると思うのですが、

画っていうのは、
真っ暗でも、真っ白でも見えません。

これはCGをやっているとさらに理解ができるのですが、

「明るい」

っていうことを表現するためには、

「いかに暗いを描くか」

を表現しないといけません。

白を増やしたから明るくなると最初は思いがちなのですが、
それだと光源が見えなくなります。

やっているといかに黒を入れるかのほうが大切だということに気がつきます。

映像表現に限らず、SNSを見ていると、
すべてを真っ白に表現しよう、伝えようとしている人がいます。

光が持っている怖さに気づいてないように見えます。

ポジティブシンキングがいいとかそういう次元の話ではなく、
光にだけ注目していると、
本当に大切なことについて盲目になります。

黒についても同じように塗りすぎると盲目になります。

ですが、
こちらは世の中で黒に注目している人の数がそもそも少ないのと、
白を唱えたほうがウケがいいので、
あんまり黒に染まった人は見掛けません。

白すぎて怖い人のほうが多いです。

2.真っ白な画面に、黒を入れていくということ

例えば、
鉛筆でデッサンをするときに、
私たちが描くことができるのは影だけです。

そうですよね?
やってみたらわかるとおもいます。

光は描くことができない。

もっというと、

光はそこにすでにある。

だから光を表現するとき、
私たちができることは黒をひたすら入れていくことだけです。

もちろんすべてを真っ黒にしてしまうと見えなくなります。

3.黒を表現している人と白を表現している人

ここまでの話の前提は、

「そもそも白いことばかり溢れている」

ということです。
さっきのデッサンの話も、
真っ黒な画面に白を入れていくという話ならひっくり返ります。

表現は人に何かを伝えたいという動機からきています。

黒を謳っている人の前提は、
誰よりも光を欲している、ということ。

白を謳っている人の前提は、
この世は暗闇でいっぱいだと思っている、ということ。

そうやってあたりを見渡してみると、
発見があるんじゃないでしょうか。

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