信頼

ちょうど3年くらい前に、下請けで映像をつくる仕事はもうやめて、商売を構築する方になろう、と決めました。いまでもまだまだ未熟で、これからもずっと未熟な若者として動いていこうと考えています。

最初のころ、プロモーションの経験はあったけど、プロデュースの経験はなくて苦労しました。最初はまだ関わって利益が出ていないのに、お金をとるなんて考えられなかった。

同年代では活躍している人もいるし、当時はまだもがいていた人たちもいた。

下請けで動いていたから、リスクとリターンという当たり前のことだって考えていなかった。

仕事をすればお金をもらえるのは当たり前だと思っていました。だから、自分がいざリスクをとって動くとなったときはとても怖かった。それで、たくさん失敗もした。迷惑もかけたし、離れていく人たちもいた。

当時は世の中のひとはみんな善意で動いていて、他人の利益のために頑張るのが当たり前だと思っていた。仮説で言ったことは半分はあたっていたが、もう半分は間違っていた。

経営者やフリーランスは孤独だ、と常々きいていたが、その意味もあまりわかっていなかった。いまはとてもよくわかります。発言が与える影響を考えたら、もしかしたらあまり向いているメンタリティはしていないのかもしれないと思った。

同時に私は昔から、人をあまり信用していません。

これはネガティブな意味でもあるし、ポジティブな意味もあって、基本的には相手が明らかにタチが悪い人間だとしても、まずは思いっきり信用して、それから思いっきり裏切られたらいいと思っています。ここは少し商売をするのに向いている点かもしれない。リスクをとれるという意味では。笑

人は嘘をつくから、人とは関わらないという意味ではなく、人はそんなに強い生き物ではないと思っているからです。

少なくとも人間の信頼関係っていうのはその程度だし、だからこそ相手に依存せずに自立できる。

毎回、思い違いで傷ついたりもするが、自分も辛かったけど、相手も別の事情でつらかったんだなって。だからまた別の事情で辛かったときは、遠慮なく手を差し出せる人間でいたいです。

なんとかクレバーに、策略に富んだ人間になろうと頑張ってみたこともありました。でも無理でしたね。ちぐはぐな言動になってしまうし、かえって長いスパンでみたら損だと思うようになりました。

たまにそういうときに、気を利かせて言葉を投げかけてくれる相手がいる。そんな小さな言葉に本当に支えられています。

20代のある出来事から、自分の中では孤独さと強さというのがテーマで、30代になっていま思うのは、ひとが少年から大人になっていくなかで、受け入れなくてはいけない矛盾がたくさんあるということでした。

理念や哲学的な思想を武器にして、世の中の価値観を変えたいと思う一方で、現実には動かせないおおきな岩がたくさんあることを知りました。でも、少しだけ、岩が動いたところは見たかな。

まだ生まれたばかりの会社で、いろんな人に支えられてなんとか成り立っています。どんな小さな組織やプロジェクトでも、立ち上げるときの熱量、それからストレス、現実とのブレは一番大きい。

そんな分野で需要をいただけることがいつも嬉しく思っています。いまもらったものはいつか返さなくてはと常々感じます。

春なのでポエムを書いてしまった。
では、今月もがんばります。

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