組織や集団のなかで歯車という言葉をつかうと、少し前まではあまりいい言葉ではなかったような気がします。
小さいころに、「社会の歯車になんかなりたくない」っていうのはある種の標語みたいな言葉だったし、
私もそういう言葉に影響をされて生きてきました。
 
しかしつくづく最近おもうことは、歯車というのは人類のなかでもかなり優れた発明品であり、
私たちの身の回りにも、歯車をたくさん取り入れた仕組み、サービスがあるということです。
そんなに悪いものじゃない。言葉のイメージってすごいですね。


私はどこまでいっても個人事業主、自立して仕事を完結できる存在であり続けるつもりですが、

チーム戦はチーム戦で好きなたちです。
現在取り組んでいる仕事も、ほとんどがチーム戦。
 
こういうときは、集まる人間はすべて何かの領域のスペシャリスト、プロフェッショナルなのですが、
単体で動かせることって思ったよりも小さいっていうこと。
 
これは私の持論ですが、もしかしたら人間っていうのは、歯車にたとえると、
精度や性能(歯車でいうところの歯の太さやキメの細かさ)には違いはあれど、
歯車自体の大きさってそんなに変わらないような気がします。
 
どんなにすごい人でも、動かせることっていうのは案外小さい。
いわゆる仕事におけるレバレッジが効くのは、歯車同士が重なり合って、
相互反応、掛け算が起きたとき。
 
私もある領域においては自分の力を自負しているところはもちろんあります。
自負がないとプロではない。
 
でもね。
 
綺麗事で申し訳ないけど、大きな仕事は独りでは絶対に動かせない。
動かすには、「小さな歯車」がたくさん必要になります。

 
そういうふうに見える人がいたら、その人の裏で動いているプロがたくさんいる。
これは、ほんと。 

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