ふだん、ブランドプロデューサーという肩書きについてあまり話すことがないので話します。

ブランド構築のゴールは、以前にも話しましたが、世の中からオーナーが消えたときに何を残せたか?が究極的なビジョンになります。

オーナーがいなくなってから消滅するものはすべてブランドとは言いません。経済的な付加価値というのはあくまで副産物であって、手段であって、目的ではないです。

価値を空中展開する、という言い方をする人もいますが、それすら手段です。

目的は意志を継承可能な状態にして、継承可能な器を作ること。法人でも指定制度でも家族でも国でもすべてそう。ワンピースの裏テーマが受け継がれる意志とありましたが、ブランドの目的もそれあたりますし、器をとして構築するものには、ヒトモノカネその他すべてのリソースが含まれます。

世界をこう変えたい、というミッションよりさらに上のレイヤーの話です。
そもそもオーナーが不在になった状態で始めて世の中に存在する。それまではすべて過程であり手段です。

ですから、ブランドを作りたい、という意志のそもそもの発端が副次的な経済的合理性や付加価値に結びつくと、これまたおかしな話になります。

世の中で流行っている言葉をつぎはぎして作ったものや、テクニック、方法論からスタートしたものはまずうまくいきません。し、コンセプトをつくるのに非常に苦労します。

私はブランドを引き出す(ブランドプロデューサー)か仕事なので、私自身はブランドを作る人間ではありません。

ですので、そもそもオーナーの方が次の世代に残したいものが存在しない場合は、でっち上げるしかなくなるのですが、体験と結びついていないので響きません。

このことを象徴する出来事として、昨年末に父がなくなりましたが、
彼が生前に私に継がせたブランド(=価値観や思想、家)は、死によって、時を越えて継承可能な状態になりました。

(父親は人生のコンセプトが明快だったのと、普遍的なことを言っていたのでうまくいったようです。よかったな!)

結局のところ、人間誰しも死に様は選べるようで選べないみたいで、我々にできることといったら創業者の死に様に対して生き様で答えるだけです。

私の仕事はそれらを大きな物語として構築することでもあります。もちろん、経済に落とし込まないと人の生活に入っていけないので、そこは外さないけどね。

人が亡くなったときに完成するというと、不謹慎と言われてしまうかもしれませんが、そんな物語を味わえることが醍醐味で、こんな仕事を続けています。

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