我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか

社会人になってから、いろんな人と出会った。
 
最初はとりあえず映像制作の手伝いをしていたが、下積みが意味があったのかどうかはわからないけど、
一番薄利で一番きつい仕事はこんなものかと思った。メンタルを2回くらい壊したが、まあ人生いつか精神病になるので早い方がいい。
2回も壊れると若干、自虐気質になり、もっと理不尽を求めるようになる。

そこで世界が広がって、大抵の大人は若者を騙して生きているということがよくわかった。
フェアに情報は出さないし、いかに相手を騙して自分に有利に誘導するか?しかほとんどの人間は考えていない。
こんなもんが当たり前になってる世の中ほんとくだらねえなと20代ながら思った。
 
人間性をウリにできないやつは最終的には情報非対称性でしか勝負ができなくなるんだなと。
 
だから、自立して自分で生きていかないとこれからはまずいんだなと思った。
制作もすべてアウトソーシングにして本業を新しく再定義しようと考えた。
 
そのあとに、独立するにあたって起業の情報を集めていくと、そこでもいろんなやつがいた。
なんとかセミナーとかいって高い金ふんだくって若いやつ騙しているやつ。
今までみたなかで一番のクズがだいたいこういう界隈にいる。

ほかは、占いを悪用して洗脳して誘導するやつ、マルチにはまって密室に監禁してくるやつ。
ポジティブンシンキングといって、神風特攻隊のように、
ネガティブ思想を封印して仲間やお客さんを地獄に叩き落とすように仕向けているクズもいた。
 
放り出されて自己破産する人もいるし、勢いで会社をやめて路頭に迷う人もたくさん見た。
 
セールスのやり方は別にどうでもいいが、じゃあ売ったあとにそういう人たちのフォローをそいつらがするかといったら、
お金をもらったあとは絶対に放置する。
 
相手はお金も自尊心も奪われてクレームばかりになる。
結果として以前よりも悪い状態になっていく。
 
起業しろ、自立しろと煽るのは勝手にしたらいい。
たしかにいまの時代は自立していないと厳しいとおもう。
いくつかの組織に複合的に関わりつつポートフォリオをつくっていくのが普通になる。
そのときに軸として自分の事業がないと難しい。
 
でも、相手に言ったからにはせめて手厚くフォローして相手の人生を考えるのが務めじゃないの?
 
本気で向き合ってないのに、適当にそれっぽいことを伝えて、
煽るだけ煽って中身のないことを押し付けて世の中に放り出す。
あとは自己責任。そんなのあまりにひどくないか?
 
だから、ある時期から、特に自分の周りの人間たちに対して、
一般化されたプロデュースのやり方がないか、誰よりも研究した。
うわっつらの言葉に騙されないように本質を研究した。
 
いわゆるMBAでやるような戦略の研究、ブランド開発スキーム、マーケティング、
クリエイティブ、デザイン思考、アート思考、現代アート論、美術論、哲学、
経済学、金融論、投資。
 
はじめて会ったときにでかい顔して、理屈をこねてたやつも、
いざ理論武装したら、何も言わなくなった。
 
こんなやつがコンサルタントとして名乗ってる現状やばいなっておもった。
(だから自分がなんとかコンサルタントと名乗ることは一生ない)
 
でも本当はそんな機能性、ノウハウそのものに価値はなくて、
要するに、相手の本質をどうやって見つめるか? 
人間のアイデンティティの可視化に一番の価値がある。
 
僕がやってることはこれからも、
作品として相手の人生を芸術にどうやって消化できるか? ということだけだ。
もうこれ以外は自分の事業にはいれないと決めている。どうせ死ぬまでこれしかやることはない。
子供もいないし、父親も死んだ、祖母も死んだ。

母親と障がい者の弟を助けて、僕の人生もそのうち終わる。

仕事以外に生きていることを実感することはないし、やることはない。あとは好きな人とたまに映画と本を読むくらいでいい。
 
話が逸れてしまったけど、それから、数年がたって、実証をふくめてつちかったスキームをいろんなところに展開した。
 
でも、そこでわかったことは、人間は自分のこころにしたがって生きることに恐怖を抱くということ。
 
好きなことで生きていくのが本当は怖いということだ。
なぜなら失敗したら自分のアイデンティティが揺らぐからだ。
自分そのものを世の中に送り出すから、批判もダイレクトに受ける。
 
ビジネスになるのは一般化して自動化して、サービスに落とし込むときだと思っていた。
だからあまりお金にはこだわらず、それまではすべての体験は仮設検証だと思っていた。
 
だが、ほとんどの人はいくら本人の言葉や想いを軸にしても、
結果的には何もしない。何もできない。やらない。
文句をいう。
 
これはどんなことをしても、どんなにスキームを改善しても同じ。ノウハウは関係ないんだなと思った。
 
別にその人の人生だから、本人がいいならそれでいい。
 
でも、あなたの人生をあなたが信じなくてどうするんだ? といつも思う。
対象に向き合えば向き合うほど、悲しくなる。感情移入して涙が出ることもあった。
 
綺麗事ばかりを信じて、耳ざわりのいい言葉ばかりを受け入れて、
都合のいいことを信じて、都合が悪いことは受け入れない、
本質を見つめないで、また他人に誘導されて、
そんなこと繰り返して搾取されて、人生が終わっていく。
 
しまいには、他人を攻撃する。暴れて自分よりも弱い人間を攻撃する。今の日本そのものだ。

 
でも、声を大にしていうけど、
好きなことで生きていこうとしたら100%失敗する。
要するにこれは逆説で、
価値が生まれていくまでに何回も挑戦する人生になる。
 
それでもモチベーションがない人生よりは100倍生産的で、刺激的だと僕はおもう。
IBMやNTTが競争にまけた理由も、モチベーションがなかったからだと聞いた。
自分の想い以外に強いモチベーションを保つ方法なんて何がある?
 
いまはその集大成で、
誰もが使えるサービスに落としこもうとしている。
 
でも、考えておいていうのもなんだけど、
こんなものよりも本当に大事なのは、依存しないこころの強さだとおもう。
 
長くなってしまいましたが、そんなことを考えて、
今日も試行錯誤します。

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