中学生のときに、
とある先生がよく言っていた言葉に、
 
「自由の裏側には責任がある」
 

という言葉がありました。
 
僕はというと、
あんまり意味がわかっていなかったのと、
管理体制がかなりキツかったので、正直いうと少しうんざりしていたし、
そんな圧力をかけたら、みんな自発的に何もできなくなるよ、
と子供心に思っていました。
 
で、
 
大人になって思うのは、
たしかにいま自分は自由に生きているし、
裏側には責任があります。
 
でも、ちょっと勘違いしていたのは、
自由の裏側にあるのは、
 
他人への責任
 
というよりは、
 
自分への責任
 
でした。
 
どういうことかっていうと、
やっぱり社会のなかで生きていく上では、
他人と関わることって避けられないし、
どうしても軋轢が生まれたりはする。
 
でも、
そのときに果たさなくてはいけないのは、
すべての選択にたいして自分が選んだという意味での、
責任をとるってこと。

 
他人の責任を追求する人にろくな人はいない。
単に依存体質なだけ。
 
もちろん、
商売をしていたら、
あらゆる手段をつかって、法律に反さない限りで、
経済活動を営むことは(いちおう)許されています。
 
やり方の好き嫌いはあると思うし、
僕もあんまりイケイケなのは好きじゃないけど。笑
 
そのなかで、
結果的にはそれが期待を裏切ることになってしまったり、
よかれと思って行った行動が裏目に出たりもするんだけど、
それでも選択したのは自分なんだよね。
 
テクニックを使って人を誘導することもできるし、
そういうやり方が蔓延しているのもわかる。
 
でもそろそろ限界でしょ。
 
だったら早く、自己責任として捉えるようになって、
お互いいい加減自立しませんか、っていうのがぼくの意見です。
 
さいしょは誰だって依存していると思うし、
なかなか一人で世の中に立つのは怖いけど、
生きるってそういうことだと思う。
 
問題が発生するのが当たり前なのに、誰が悪いとか言っていたらキリがないし、
前には進めません。
 
僕も、
まだ若造ですが、
いろんな人と関わってきて、それくらいのことはわかる。
だから、損をしたからっていちいち考えません。
考えるのはいつも次の話。そうじゃないとつまんなくない?
 
不安にかられたときに、ぜひ思い出してみてください。

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