さいきん読んだ本に、
 
「論理的な整合性よりも、生理的な整合性を重視する」
 

という言葉があって、これはなるほどなあと思いました。
 
生理的な整合性というのは、
たとえばイメージや言葉を「ぱっ」と見たときに、
受け入れられるかどうか、体が拒否反応を示さないかどうか、というような意味。
 
「たしかにあなたがいうことは間違ってはいないんだけど、なんかいやだ」 
 
「たしかに優れた企画なんだけど、どうもしっくりこない」
 
「なんかいびつな気がする」
 
「なんとなく、(悪い意味での)違和感がある」

よく言われているように、
ひとにモノゴトを伝えるときに、
論理的な整合性を構築するための技術を身につけるのは、
そんなに難しいことではありません。
 
こういうのは筋トレと一緒なので、
1を聴いてから、10に至るまでのプロセスを、
どれだけのスピードで、どれだけの精度で出力できるかだけのお話です。
 
一般的に左脳型と呼ばれるひとたちはこういうのが得意。
そして、コンピュータも得意です。 
 
対して生理的な整合性を身につけるのは、
かなり大変です。モノによっては、文化や環境の違いで、
そもそも肌に合わない、ということがあります。
 
生理的整合性っていうのはけっこう侮れなくて、
受け取るクライアントやユーザーの価値観、哲学、理念に大きく依存するので、
こういうのは一般的にセンスとか言われます。
 
言語、非言語に関わらず、
なんとなく感じる雰囲気、ニュアンスみたいな部分。
 
「そんなの知らないよ」
 
「個人の主観でしょ?」

 
って言いたくなるかもしれないのですが、
こういう感覚って今の時代とても大切だなあと。
 
なぜなら共感が求められていると言われて久しいので、
ロジカルにいくら詰めたところで、
肌に合わない、気が合わないとなったら、
あとづけでいくらでも提案なんかひっくり返っちゃうんですよね。
 
(この場合の、論理的整合性は、あとづけでしかない)
 
ロジカルシンキングでストイックに批判・批評するのは健全なディスカッションにおいては、
とっても大切なことなのですが、
ことコミュニケーションを設計するとなったときには、
生理的整合性も意識しないと、そもそも見てもらえません。
 

エンジニアさんとか、クリエイター(主に実務担当の方)は、
ぜひとも意識してみてはいかがでしょうか。
 

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