年末になって、都内もすっかりと閑散ムードになりました。
しかし今年は本当にいろんなことがあった。

人生はよく船に例えられるけど、まるで大きなうねりのなかに揉まれているようだった。
悪いことばかりじゃない。うねりのなかでしか出会えないことや、見つけられないものもあります。

これを書いている2017年の12/30から5日前のクリスマス、
僕の父親は他界しました。

朝に母親から電話がかかってくると、声が震えていた。
目覚めたときにはもうこの世界にはいなかったみたいだ。

ドラマみたいな生き様だった。10代で東京に来てから、デザインの道に進んで、
そのあとは営業マン、リストラにあってからは水道屋。

65才まで仕事をして、それから2年間は遊んで暮らした。
僕はそういう人生に魅力は感じないけど、豪快な生き様だった。

ある日突然、とはいえ体はもうボロボロだったんだと思う。
お酒を毎日飲んでいたし、いくらやめろといっても聞かなかったようで、
前日まで焼酎を飲んで酔っ払っていた。

父は口下手だったが、生き方には筋を通すひとだった。

とにかく頑固なところがあって、譲らないところは理屈を抜きにして譲らなかった。
そして、人間の強さをどこまでも信じていた。

昭和世代の父親像を体現したようなひとだったけど、
クリエイティブには昔から受け皿が広くて、
ディズニーランドに何回か連れて行ってもらいました。

思うに、父親の人生は見方によってはあまり華やかではないものだったかもしれない。
周りでも、引退したあとの父親の人生を気の毒に思う人はいたみたいだ。

でも、僕は父親がどんなことを考えて余生を送っていたか、誰よりも理解しているつもりである。
そして、彼なりに幸せに満ち溢れていた人生でもあったはずだ。

もちろん本当のことは本人にしかわからない。
みんなには言っていなかったみたいだけど、僕にはよく引退したあとのことを話してくれた。
なかなか充実していたようだ。
やりたいことをやって死なせてくれ、というのも父がよく話していた。

僕の仕事は、けっこう人間の弱さだったり、はかなさに注目するような機会が多かったりする。

だけど、
父親が最後まで守りたかったものは、弱くてちっぽけな人間が持っている、
一筋の強さだったような気もする。

まだ答えはわからないけど。
本年度もお世話になりました。また来年。

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